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呪縛からの解放


〔講演要旨〕 演題:呪縛からの解放
~元ハンセン病者とその家族の名誉回復を~


1.魂(たましい)の(精神的な)解放  
~キリストの福音(魂の救い・解放の福音)~
2.不治の病からの解放
  ~特効薬・プロミンの出現~
3.悪法からの解放
  ~ライ予防法の廃止と新法交付~
4.謂れ無き偏見・差別からの解放
  ~ハンセン病国賠訴訟・熊本裁判の勝訴~
5.謂れある偏見・差別からの解放
  ~人権回復・名誉回復への悲願~

◆【はじめに】
 「呪縛からの解放」とは些か強烈なタイトルですが、しかしハンセン病の歴史は天刑病とか、業病とか、不治の病いだとか、呪いとも言える差別用語を使って「謂れ無き偏見と差別」がこの病躯を拘束し続けて来た、まさに「呪縛の歴史」そのものであった。そして、わたし自身が辿って来た人生はその呪縛との戦いでもあった。

 この話は"魂の解放"をはじめ、"不治の病からの解放"、"悪法からの解放"、"謂れなき差別と偏見からの解放"、"謂れある偏見と差別からの解放"を通して“この世から偏見と差別をなくそう!”という悲願達成に与かりたいという願望の発露の一滴に過ぎない。


◆(1)魂の解放(魂の救い)

 わたしのこれまでを詳しく書くスペースはここにはない。この事だけは書かないと私自身が自分の生涯を正しく伝える事が出来ない。ハンセン病は肉体的に止まらず、心までも蝕むからである。自殺へと誘われることがあるからである。ひとり私だけでなく、ハンセン病に罹った者ならほぼ100パーセントの者が一度や二度は自殺を考えた経験の持ち主である。

 こうなったら居直って生きる、自暴自棄の人生を刹那的に送る、生きる意味を見失って諦観的な人生を送ることを由とする者が多い中で、宗教による魂の救いを得て生きる希望の光を見出そうとするものも決して少なくなかった。わたしはその中の一人、キリスト教信仰によって「魂の救い」に与かって、今を大切に生かされることを受け止めたとき心の安らぎを得て魂の解放を信じる事が出来たのである。この事がわたしの生涯の根幹にあること知っておいて欲しいのである。

"人生はその呪縛との戦いでもあった"と言いましたが、ハンセン病を患った事により、偏見と差別でがんじがらめにされた。それまでと同様に自由に友達とも遊ぶ事も侭ならなかった。周囲の目を憚って郷里からも逃げ出すことになった。骨になっても郷里に帰れない。新薬が発見されて、完治の福音に接しても、後遺症をもった身体的不自由さは解消されなかった。

 入所して間もなくの事。療友の自殺を目撃して、"命の尊さ"を知らされると同時にその命の尊さを聖書によって深く教えられて信仰へと導かれた。

世に"人の命は地球より重い"と言われるように「命の尊さ」を知らされた。この言葉の出所は知らないがバイブルにははっきりと記されている。

マルコ8:36「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」(平行記事:マタイ16:26、ルカ9:25)

世界ことわざ辞典には「人の命は万宝の第一なり」とある。


◆(2)不治の病からの解放
 ハンセン病は遠い昔から、"不治の病"と恐れられて来た。まず何と言っても一度この病魔に侵されたら完治しないという誤解が何よりも恐れられる要因ではなかったか。同時に、たとえ後遺症にしろ、人の目に付き易い顔や手足に現れる。しかも著しく醜いまでに変形することがあるからだろう。それらのことが偏見差別を助長する要因になっていた。人の心には偏見・差別の心が存在する以上、そのことを否定する事は出来ないだろう。また、全く不治の病いだったとは言えない。自然治癒の症例がなかったわけではないからである。完治したと確信できなかったにしろ、病状の悪化を抑える薬もあったからである。

 1873(明治6)年に、ノルウェーのハンセンによって「らい菌」が発見された。
因みに、らい菌は慢性伝染病で、伝染性は甚だ弱いことが分かっていた。そして、偶然とはいえ、1935(昭和10)年、アメリカでは細菌性疾患に対する治療剤としてスルファミン剤が発見された。これが抗酸性の結核に威力を示すことが分かり、結核治療薬としてプロミン、ダイアゾンが製剤された。しかし皮肉にも、結核治療に効果をおさめる事は出来なかったが、結核菌とは性質的に類似するハンセン病菌への適用が試みられたところ、実に驚異的な効果を得たのである。

 1941(昭和16)年、アメリカのハンセン病療養所で、この新薬<プロミン>による治療が行われた結果、その効用が証明された。遂に、新薬プロミンの出現は「不治の痾いからの解放」を高らかに告げた。第二次世界大戦終結後、新薬プロミンが日本でも本格的に製造されるようになり、入所者全員が本格的にその新薬の恩恵に与れるようになったが。それは昭和20年代後半であった。

 新薬プロミンの治療で完治して、ハンセン病後遺症もなく、若い入所者たちは社会復帰の希望に燃えて退所した。その数は決して多くはなかった。重度の後遺症を持つ者や高齢者なども、たとえ社会復帰出来ないまでも、新薬プロミンが及ぼした身体的な影響は絶大なものであった。それはまさに「不治の病いからの解放」であり、ハンセン病者への最大の「福音」となったのである。

"不治の病"は絶望を意味した。しかし、その絶望から解放されるためには強靭な精神力が伴う。俳人・玉木愛子は「虫這えり蝶となる日を夢見つつ」と詠んで、"よみがえりのいのち"、新しい復活の命に生かされる希望をあかしした。

・ハンセン病は"遺伝病ではないか"と言う見方も少なくなかった。何故なら、家族内伝染が比較的多かったからである。
 鹿児島の奄美和光園の保育の例を引用する。


◆(3)悪法からの解放 ~らい予防法の廃止(1996.03.31.)
          新法公布(1996.04.01.)~

 ハンセン病者の強制隔離政策を推進するため、5箇所にハンセン病専用の療養所を作ることを目的にした法律・「癩(らい)予防ニ関スル件」が1907(明治40)年に制定された。それまでは、わが国のハンセン病者救済対策は放置されていた。もっぱら、宗教家、篤志家、主に外人宣教師たちの献身的な救済に委ねられていた。

 1931(昭和6)年に制定された「癩予防法」は国民の誤解を解かず、伝染力を恣意的に強化すると言う、「患者狩り」への道を整備し、75年間にも及ぶ長い間続いた。それ先立つ、1930(昭和5)年10月に、内務省衛生局が発表した「らいの根絶策」によると、「ハンセン病は「惨鼻の極」であり、「らいを根絶し得ないようやうでは、未だ真の文明国の域に達したとは言えない。「らいを根絶する方策は唯一つである。らい患者をことごとく隔離して療養を加えればそれでよい。他に方法は無い」というらい根絶策を発表した。

 それは、ハンセン病に対する恐怖心・嫌悪感をいたずらに煽り立てて、国辱論を交えながら、ハンセン病患者をことごとく隔離する絶対隔離政策が唯一正しい方策であり、これを行わなければハンセン病の恐怖からは永久に逃れられないと、悪質な強迫概念を国民に植え付けるものであると、熊本判決は断定。

 そのような悪法の粉砕と人権回復、人間の尊厳、療養所の改善を求めて、全国の療養所の入所者を結集して組織化し、その運動を進めてきた。その戦いの歴史は「復権への日月(じつげつ)」(A4版409頁)に集約された。そのたゆまない長い運動の成果ともなったのが、1996(平成8)年3月末日を以って公布された「らい予防法」の廃止であり、新法公布(1996.04.01.)となり、隔離を前提にして来た悪法から解放されたのである。

 因みに、悪法と言われる要因は強制隔離政策に加えて、療養所の施設の管理だけなく、入所者をも管理する上で、施設運営に支障があると、施設長(園長)が判断した場合はその入所者を「拘束する権限」を持っていた。その「拘束権」は悪用され、入所者の人権を無視するケースもあり、入所からは恐れられていた。それらの悪法からも解放された。

・強制隔離は"拉致"と同じだと思う。北朝鮮の日本人拉致問題が盛んに報じられ、その全貌が次第に明らかにされつつあるので、その実態がいかに残酷な行為であったかは理解して頂けると思う。

・入所者の所内結婚の条件として行われた、人権を無視した"堕胎行為"を強制した。

・園の意向に反した行為をすれば拘束され、監禁室へ入れられる。


◆(4)謂れ無き偏見・差別からの解放
 ~ハンセン病国賠訴訟・熊本裁判の勝訴~

 「ハンセン病違憲国賠訴訟判決」は、国政レベルの強制隔離政策(謂れ無き偏見と差別)を断罪し、2001(平成13)年5月25日に確定したことにより、人権回復・名誉回復を保証し、謂れなき偏見・差別からの解放となったのである。熊本裁判所の判決文は「ハンセン病国賠訴訟判決」(解放出版社の編集発行 A5判326頁)という冊子になった。

その熊本地方裁判所の判断にれば、論争点の一つであった「厚生大臣の政策遂行上の違法及び故意・過失の有無について」は、公衆衛生上、隔離の必要性を認め得る限度で許される場合もあるが、昭和28年前後の医学的知見等を総合すると、遅くとも昭和35年以降においては、もはやハンセン病は、隔離政策を用いなければならないほどの特別の疾患ではなくなっており、すべての入所者及びハンセン病患者についても隔離する必要性が失わていた。

 したがって、厚生省としては、同年の時点において、隔離政策の抜本的な変換等をする必要があったが、新法廃止まで、これを怠ったのであり、この点につき、厚生大臣の職務行為に国家賠償法上の違法性及び過失があると認めるのが相当である。

 論争点の二つ目においても、「国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)が国家賠償法上違法となるのは、容易に想定し難いような極めて特殊で例外的な場合に限られるが、遅くとも昭和40年以降に新法の隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為につき、国家賠償法上の違法性及び過失を認めるのが相当である。」とその誤った国家・国策を断罪した。しかし、約1世紀にも及ぶハンセン病に対する謂れなき偏見・差別を許して来た、いや!国家・国政レベルの過ちは容易には払拭されないのである。
【開かれた扉】~ハンセン病裁判を闘った人たち~
著者:ハンセン病違憲国賠訴訟弁護団。発行所:講談社。
A5判378頁。

・悪法と言われていた「らい予防法」が廃止されたのだから、裁判まで起こす必要は無かったんではないか、と言う疑問視される向きもあったが、"「らい予防法」を廃止する法律"珍しい法律でその法律を"新法"と呼んでいる。

 全療協は、らい予防法を廃止して、現実に相応しい福祉法的なものを望んでいたが、らい予防法と言うものを全くなくしてしまうと国家が責任を持って今後の在園保障が維持出来なくなる。と言う事から………、納得させられていた。不満と疑義を抱きつつ、渋々受け入れていた。

・裁判が起こされてから"裁判は組織破り"として、原告団を非難する声も有った。裁判を阻止する嫌がれらせは「勝訴」しても続いた。


◆(5)謂れある偏見・差別からの解放    ~人権回復・名誉回復への悲願~
    ~誰でも人を見た目で判断してはいけない~

 "謂れなき偏見と差別、その逆もまた真なり"という、人の思い(心)の中にある、「謂れある偏見」の差別意識は人の心に潜んでいる。そして偏見・差別は無意識のうちに親から子へ、スリコマされる。そのプロセスで、間違った差別を是正・阻止するためには、早期の科学的なハンセン病の教育が必要であり、平行して社会教育・啓発も欠かせない、今後の課題として残っている。

 《コップと尿瓶の話をする》
 NHKテレビで、「ようこそ先輩」という子供さん向けの馬鹿組みがありますが、あるとき、京大の先生が母校でのお話が印象的だったのでわたしの心に残っています。そのお話の一部をここで紹介させていただきます。

 まず、教室に入って来るなり、真新しいバケツから、カラスコップとカラス聖の尿器と一リットルのペットボトルょ取り出し、すべて新品であることを説明してから、ガスのコップとガラス製の尿器にそれぞれペットボトルま水を半分ほど注ぎました。

 そして、児童に向かって、中身の水は同じだから、どちらの器からのんでもいいから、誰か出て来て飲みなさい。といいましたが、みなんもじもじしながら、しばらくお互いに敬遠していました。

やがて、一人の男の子が出て来て、さっとコップの水を飲みました。
先生が何故コップの方を選んで飲んだのか聞きました。そしたら、子供は「尿器は汚い不潔なことに使うものだから………」って答えました。………、この事を見ていたわたしは"ハット"感じた。

 何故なら、人の先入観の恐ろしさを見たからです。たとえその中身は同じであっても、概観の形がその中身まで印象付けてしまう、という、まさに"謂れある偏見と差別"の片鱗を見た重いでした。

 尿器もコップも全く同じ材質で、しかも一度も使用していない清潔な器に、同じ水を注いだのに、中身も全く同じなのに、その形が、その概観が一方は飲み物に使用する欝は、今一方は病人が寝たままおしっこをするときに使用する器、排出物を入れる容器、会館が、
形が違っているだけなのに、きれいな器、汚い器だというように。決め付けてしまっていたから、さっきの子供はコップの方を選んだわけです。当然のことと言えば当然の事でした。

 謂れのある偏見と差別も、ハンセン病元患者の後遺症に対する偏見と差別も、概観が醜いということから差別され、忌み嫌われてきたのです。たとえ概観は醜くても、その人の心のうちまで醜いわけではないんです。

 ハンセン病元患者も健康な皆さんも人としての人格は等しく尊いものなのです。これまでの忌まわしい先入観を捨てて、人としての人格をお互いに尊重しあうことこそ大切だと思います。

【らいとハンセン病】
らい病とハンセン病は同じですか、いいえ、違います。
らい病は、忌まわしい偏見と差別に閉じ込められている嫌われている病気です。
ハンセン病は、プロミンという特効薬によって癒される、治る病気のことです。完治する病気です。

 わたしの兄が死の床から一緒に寝てくれないかと言われたとき、怖くて寝てやれなかった。今わたしの顔がハンセン病後遺症とは言え、あの時怖くて寝てやれなかった兄の顔と同じように

醜くなった。私自身自分の顔を見るのは余り好きではない、出来るだけ鏡などに自分の顔を映すことは避けてきた。避けるのではなく、たとえ醜くとも、それを受け止めなければ、自分自身が却って惨めである。分の顔だから、せめて自分だけでも、その顔をいとおしく受け止めてやらなければ…、何故なら、人は外見でその人の人格を判断し勝ちである。その人の人格・真価は外見によって判断すべきではないからである。

 先日、郷里の実家へ直接電話を入れた。わたしは"国男だょ"って名乗った途端に"ガチャン!"と電話は切れてしまった。一番理解して欲しい肉親・家族たちが、今も尚、謂れある偏見と差別の妄想の虜になっている。それは、"謂れある偏見と差別"が人の心から払拭されなければ"謂れある偏見と差別からの解放"果たし得ないだろう。


◆【おわりに】
 やがて、郷里の親族はもとより、皆さんからも「お帰りなさい!」と笑顔で迎えられる日が来ることを希っている。しかし、インターネットの世界~仮想現実の世界~に在って、"謂れある偏見・差別からの解放"を実現することが出来た、と言って憚らない。何故なら、たとえバーチャルな世界だと言われても現にいろんな事を実現した経験を持っているからである。インターネットの世界は夢を実現する世界だと思っているからである。その代表的な事を時間の許される限り紹介したいと思う。

 「いのちの電話」があるように、インターネットの世界にも「いのちの電子メール」が在っても可笑しくない、という事で「メール相談」(心の悩み事相談)をカウンセリング・ボランティアと共に応じている。多くの心の悩み事を共感することを通じて、謂れある偏見差別からの解放を実感している。

 インターネットの世界はバーチャルリアリティーの世界だと言
われるけれども、国境の無い世界、勿論、人種差別もない世界である。そして命題の「呪縛からの解放」、わたしの"呪縛との戦い"も幻想に過ぎない、と受け止めた時、呪縛からの解放を実感する事が出来たと思っている。

・北海道・稚内出身の方とインターネットを通じてお知り合いになった事がきっかけとなって、ただ、電子メールだけの交流で相互の信頼関係が出来上がり、カウンセリングを学ぶ講座を開設したり、小さいけどカウンセリング協会を創設したり、メール相談に当るカウンセリング・ボランティアを得て活動している。

【配布資料】に、太田さんは、メールを通じていろいろな人の悩み相談にのると共に、ハンセン病に対する正しい理解を広めるため、ホームページを作っています。

 太田さんは言います。「ハンセン病元患者としてではなく、一人の人間として、相談者と向き合う、そのことで、おれも人間回復してるんだよ」って書いてありますが、

【太田国男の略歴】
1931(昭和6)年5月24日愛知県に生まれる。
10歳の頃発病。1946(昭和21)年2月20日群馬県・国立療養所・栗生楽泉園入園。1948(昭和23)年に洗礼を受ける。1964年4月長島聖書学舎に入学~1967年3月末日、卒業。1968年5月結婚。1973年12月19日、執事に叙任。1982年12月28日妻・清子逝去。1984(昭和59)年10月10日熊本・菊池恵楓園へ転園。1988年、アマチュア無線の資格を取。1991年5月24日、還暦の記念にパソコンを購入。1996(平成5)年8月8日、「緑の牧場」という名のホームページをプロバイダーに登録。以来ホームぺージつくりを続ける。1997(平成9)年3月30日~4月10日、イスラエル旅行。2001年3月1日、CPSP日本支部設立。同時にHP「いのちのe(電子)メール」開設。2001年3月末、定年退職、菊池黎明教会牧師補を解かれる。2002(平成14)年6月7日NHK熊本TV製作の"心をつないだ電子メール"~元ハンセン病患者と女子中学生~出演。2002年7月31日号熊本日日新聞の「命ある場所」で、「いのちのe(電子)メール」による「メール相談」のボランティア活動が紹介された。2003年3月20日~4月1日、米国CPSP総会出席と研修旅行に参加。
・現住所:〒861-1113 熊本県菊池郡合志町栄3796 国立療養所・菊池恵楓園内。
・電話番号:096-248-4373
・ホームページ紹介:緑の牧場(メインページ)、菊池黎明教会、ふれあいの窓(カウンセリング、心悩み相談)、いのちのe(電子)メール(心の悩み相談)、かえで共和国、ひつじのHomepage、ハンセン病関係、国陪訴訟関係等々。
E-MAIL:hitsuji920@gamma.ocn.ne.jp
HomePage 【緑の牧場】
URL:http://www.try-net.or.jp/~k-ohta

##############################
〔註〕以下に引用してある聖書の言葉はわたしの話の基調的な、精神的にも基礎となっている聖句や聖書の箇所であり聖書理解である。

◆生き生きとした希望(ペトロの手紙一第1章3節~9節)

3:わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、
4:また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。
5:あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。
6:それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、
7:あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。
8:あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。
9:それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。

「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために。主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」ールカによる福音書第四章第十八、十九節ー


◆上からの知恵 ヤコブの手紙3章13節~18節

13:あなたがたの中で、知恵があり分別があるのはだれか。その人は、知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。
14:しかし、あなたがたは、内心ねたみ深く利己的であるなら、自慢したり、真理に逆らってうそをついたりしてはなりません。
15:そのような知恵は、上から出たものではなく、地上のもの、この世のもの、悪魔から出たものです。
16:ねたみや利己心のあるところには、混乱やあらゆる悪い行いがあるからです。
17:上から出た知恵は、何よりもまず、純真で、更に、温和で、優しく、従順なものです。憐れみと良い実に満ちています。偏見はなく、偽善的でもありません。
18:義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。

17節に「偏見はなく」と言うのは口語訳では「かたより見ず」と言う風になっていますが、ギリシャ語は"アディアクリトス"という語句が用いられています。そのギリシャ語の語源は"ディアクリネオー"、すなわち"クリネオー(片寄り見る)"という動詞が用いられており、ここでは"アルハー"という否定語が付いて、口語訳の"片寄り見ず"、共同訳の"偏見はなく"と否定語句になっています。因みに、名詞は"クリマ"「片寄り、偏見」と訳される他に「裁き」とも訳されます。
従って、人の優劣を裁くと言う事を意味している語句でもあります。
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