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今日は漸く本文のフォントサイズの変更を行うことが出来てとほっとしています。F2ブログのカスタマイズを呑み込むまでが大変でした。少しづつ要領が分かってきましちたょ!少しでも分かってくると楽しくなりますね。(^o^)/~~
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講演原稿をアップ

フロフィールの画像を修正した。ついでに、昨年秋に熊と大害で講演したときの原稿をアップした。

実践報告(熊大にて)

熊本大学祭・黒髪キャンパスにおいて(2004.10.31.)
「いのちの電子メール」の実践報告を行った時の原稿です。

2004(平成16)年度の大学祭おめでとうございます。
 先程、紹介に与りました、太田國男、またの名を、インターネットの世界ではハンドルネームで"ひつじ"と言う者です。
 今回はこのような有名な熊本大学の大学祭の一大行事の中で、お話しする機会を与えられました事はわたしの生涯の中でも忘れ得ぬ名誉な出来事だと感激しています。
 先ずはお話を始めるに当って、関係者の皆様に心から感謝し、厚く御礼申し上げます。

 今回わたしに課せられた課題は「いのちの電子メール」~その実践報告~という事ですが、余り耳慣れないタイトルだと思います。先ずは、電子メールカウンセリング(メール相談)をするようになった経緯をお話しすることにいたします。続いて、その実践報告を致します。

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◆電子メール・カウンセリングへの経緯

 実は、わたしがコンピュータを始めたのは13年前、わたしが還暦を迎えた年でしたが、その後間もなくコンピュータのOSがウィンドゥズ95の出現と共に変化した機会に、インターネットに対する好奇心が高まり、国境の無いバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界に憧れ、ベーシックのハイパーテキストを半年程学んでホームページ作りに入り、遂に今から8年前の1996(平成8)年8月8日に「緑の牧場」と言う名のホームページを開設しました。当時は昨今のように便利なビルダー(ホームページ作成ソフト)はありませんでした。
 最初のホームページ「緑の牧場」をプロバイダーに登録した時は100枚程の僅かなファイルでしたが、その後はインデックスやコンテンツが面白いように作れるようになり、現在では2つのプロバイダーに50メガを超える領域を持ち、おおよそ3,000枚前後のファイルが登録されています。国境の無い世界、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界を謳歌しています。
 そんな中で、色々な人々と出会いメール友達が沢山出来ました。中でも日本人でアメリカの女性と結婚して今はアメリカ国籍を持って、ボイセという所に住んでおられる林浩司さんとの出会いが今日のお話のきっかけとなります。
 林浩司さんは日本聖公会神学校を卒業され、日本でお知り合いになったアメリカ女性と結婚され、林さんの郷里である北海道・稚内で開拓伝道をされておりましたが、ご家庭のご事情でアメリカへ移住された方です。
 米国聖公会の教会で働いておられましたが、その傍らカウンセリングの勉強をされ、アメリカのCPSP(The College of Pastoral Supervision and Psychotherapy)のディプロメイト(Diplomate)となり、米国臨床牧会教育指導者、また会員ともなって、22年間、神学生、牧師、信徒教育の教育指導をして来られた方で、そのカウンセリング教育指導者としてのお働きを生業として来られた方でした。
 神学生時代には群馬県・草津の栗生楽泉園へ訪問したこともあり、ハンセン病に対するご理解もある方でした。そして、わたしより4歳年下で、年代的にも近くて親しみを覚えていました。電子メールの交換が重なるに従ってお互いに信頼関係も深まりました。
ある時、「わたしも日本聖公会の教役者で執事職ですが、臨床牧会カウンセリングの勉強はして来なかったので、プロのカウンセラーから教えて頂きたい」趣旨の電子メールを送りましたところ、快く受け止めて下さったので、電子メールを通じて通信教育を受けようとしましたが、"待てょ!? そうだ、わたし一人が受講するのでなく、他に希望者があればその人々と一緒に学ぼう! わたしがカウンセリング講座のホームページを作って希望者を募り、講師は林さんにお願いしよう"と思い立ちました。早速、その旨を林さんに相談を持ちかけてしました。
"ひつじさんが講座のためのホームページを作ってくれるなら、一緒にやろう!"と言う事になりました。
 早速、その準備段階として、まず「ふれあいの窓」と言う「ウェブ、心の悩み相談」を開設しました。カウンセラーは林浩司さん。ウェブ管理者としてわたしが担当すると言う、二人三脚で、「電子メール牧会カウンセリング」 (ふれあいの窓)を開始しました(1998.1.1.)。同時に、「電子メール臨床カウンセリング教育講座」開始に向けて、受講者の募集も開始しました。
 電子メールによる(通信教育の)「牧会カウンセリング臨床教育基礎講座」受講望者の募集はインターネット上で行い、またメーリングリストの仲間にも呼びかけました。その結果、8名の応募あったので、1998年4月1日から開講する事になった。
 当講座の学習方法とその目指すものは「経験者のアドバイスを受けながら、応用-実践して、カウンセリングを修得する、個人指導(ワン ツゥ ワン)方式」で、何時からでも受講する事が出来るようにしました。
従って,受講申込みを受けて、受講開始が決まってから一年間を受講期間としました。
 このカウンセリングコース(カリキュラム)は、当講座の講師(スーパーバイザー)である林浩司さんが過去に米国で行っていた[basic course=初心者コース]と同等の内容を持っているもので、終了後には「The College of Pastoral Supervision and Psychotherapy Inc.」(牧会作業に関する監督と精神治療の最高機関である米国のCPSP協会)公認の当講座修得証明書を個人に贈り、同協会の日本、支部会員になって頂く事を目指した。
 受講開始に当たっては、各自のメーラーのグループ設定を活用して、最初は林浩司さんをはじめ、8人の受講者の各メールアドレスを登録し、スモールグループの専用メーリングリストを運用し、当講座の学習ルームにしました。電子メールによる"通信教育"と言うシステムを経験した事がなかったために、運営上の混乱も生じた。しかし、スモールグループのご理解と協力により改善されていったことは幸いだった。運用上での混乱は各自のグループ設定や送信ミスなどさまざまだった。中でも林浩司さんの教育・指導内容がアメリカ式カウンセリングだとか、カウンセリングそのものの本質論や理解の違いが表面化したり、わが意にそぐわないと言って受講を取り止める人もいました。また、新規参入の受講者もあり、本講座の事務局も担当していたわたしは、その受講者の出入りに一喜一憂したり、さまざまな問題が発生した折々に、二人三脚ではじめた林浩司さんとは常に個人メールで意見交換しながら問題解消に意を注ぎました。そして、開講以来2年間は当講座の試練の時であり、成長への道のりでもあったと思います。
 その試練の2年間を乗り越えて、2000年3月11日~13日(2泊3日)、関西学院千刈キャンプ(研修センター)において、第一回「臨床カウンセリング教育集中講習会」を開催しました。参加者は、オブザーバーとして谷口泰三さん、講師の林浩司、受講者の長尾文雄、村田真理枝、井原美智代、小澤久美子、太田国男の7名でした。この時初めてお互いの顔と顔を会わせた初対面の時でもあった。(因みに、この時の「面接」のおり、講師の林浩司さんから"カウンセリングを学んで同のように活用しますか?"と、問われて、"いのちの電子メール"をしてみたいと言ったのが最初であった)。

 2001年2月9日~12日3泊4日間。関西学院千刈キャンプ(研修センター))において、第2回「臨床カウンセリング教育集中講習会」を開催しました。この講習会で、「CPSP日本支部」の結成・創立と同支部活動の一つとして3月より「いのちの電子メール」を開始する事になった。
「臨床牧会カウンセリング基礎講座」(1998年4月1日開講)は、「Small-Group」を作って継続して来たが、2001年2月末をもって終了し、CPSPのデプロメイトであり当講座のスーパーバイザーであった、林浩司師の署名入りで、3年間の講座修了証書が6人の受講者(長尾文雄、村田真理枝、井原美智代、小澤久美子。柳孝三郎、太田国男)に授与された。以後「CPSP日本支部」へ移行する事となりました。

2002年4月27日~29日(2泊3日)熊本・菊池恵楓園渓楓荘において、CPSP日本支部の発足後、第1回「臨床カウンセリング研修会」(CPSP日本支部総会)を開催した。当参加者は、林浩司、村田真理枝、井原美智代、太田国男4人でした。今回は4月28日(日)菊池黎明教会の献堂50周年記念礼拝説教者として、林浩司師が招かれた機会に熊本開催となった。この研修会で、2003年3月に開催予定のCPSP総会へ参加し、「CPSP日本支部」の活動報告とアメリカ研修旅行が提案されました。
 2003年3月21日~31日の10日間、CPSP総会への出席とアメリカ研修旅行を行いました。参加者は案内役の林浩司さんをはじめ、村田真理枝さん、井原美智代さん、柳孝三郎さん、オブザーバーとして柳多恵子さん、太田国男の一行6人でした。この時に、CPSP会長、フォイ、リッチ師から「臨床牧会教育証明書」(2003.03.27.)を授与された、会場では村田真理枝さんが会を代表して、CPSP日本支部の活動報告をいたしました。
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☆真理枝さんが英語でスピーチした、CPSP日本支部の活動報告をここでは邦文で紹介します。
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このグループでの経験、具体的にどんなことを学んだか、生の人間との交わりによって私達が何を学んだか、インターネットでのメールによる臨床カウンセリングの学びのスモールグループにおいて、私達メンバーは多くのことを学び、そして多くのことを分かちあってきました。
 まず、私達が学んだことは、私達は平等であるということです。私達が学ぶ上で一番の障害となったのは、スーパーバイザーであったKojiさんを含めたお互いが平等であるという感覚の欠如でした。
 日本においては上下関係というものが重視されます。いつでも自分が上下関係のどこに存在するのかを無意識の内に決定付けようとする意識が働きます。そのような習慣をぬぐいさることに多くの時間と対話を要しました。
スーパーバイザーとはどのような関係なのかを知ることが出来、今では私達も自由に彼に意見を述べる事が出来るようになっています。
 しかし、彼の日本語の文章は難解で、文法が英語のパターンであったり、単語が日本では馴染みのないものであったりで、時にはとても冷たく感じることもあり、日本語特有の言葉選びの難しさ、漢字の選択一つで相手の受け止め方が代わってくるといった事を彼との関わりで気付きました。
 第二に私達はお互いの御機嫌を伺わなければならない仲間ではなく、お互いを尊重できる、認めあえる関係となれる事を学んだ。
率直に意見を言うというのは、日本では良くないことという習慣があります。欧米では当然のことと思われることですが、このような些細なことすら、日本では学びの対象となります。
 メンバー間において、このようなことを言ったら嫌われるのではないか、こう言えば相手は喜ぶのではないか、といった関わり方を辞め、率直に気持ちを伝えることを通して、心を隠さない、相手の気持ちは相手の気持ちとして受けとめることを学び、そしてそのことがカウンセリングにおいても、率直にカウンセリーが答えられるように、また率直な答えを私達が受けとめられるようになる手助けとなりました。
 ある時には誤解を招いたり、相手をコントロールしようとしたりといった時期があり
ました。「こう思って欲しい」「こう思って欲しくない」と相手をコントロールしようとすることは、怒りや悲しみを生み、メンバーが抜けてしまう事件も起こりました。けれども一歩前進し、自分と相手との考え方は一致しなくてもかまわない。相手の思うことに対して、自分が腹が立つということは、自分の中に何らかの形で消化しきれていない不満、感情が怒らせていることに気付かされました。
 そして、自分の中にある問題点と向き合う時、相手がどのように自分を評価、または見つめようと、その相手に対して無駄な感情のエネルギーから開放される事を学びました。
 そしてメンバーのお互いの悩みや悲しみにふれあい、共感することを通してカウンセリーの気持ちにより添うことの重要性を学びました。
 それぞれのメンバーが抱えている怒り、悲しみ、悩み、苦しみを共有する事によって、多くの生きた体験に直に触れる事が出来ます。
いかに相手の気持ちに寄り添うことが出来るかーーー自分が寄り添ってもらう生きた体験を通して、これが大変重要であることを理解することが出来ました。
 第三に、私達は2001年3月よりインターネットによるメール相談を初め、2003年2月現在で、138件の相談を受けてきました。メール相談をお受けする条件として、通常は週に一回、4往復のメール交信で終了とするようカウンセリーと最初に約束を交わします。
自分がどこの誰なのかを明かすことなく相談が出来る。何処に居ても、誰でもどんな時間にでも相談ができるのがこのメール相談の窓口です。
 死と隣り合わせになったような相談もあれば、家族内のトラブル、健康診断の相談から中学生の恋の相談、またどの宗派の教会を選ぶべきかの相談まで様々です。きちんと自分の情況と思いを綴ってくるものもあれば、1,2行ほどの文章が書かれていて、その横に1時間以内に返事をくださいと書かれたものもありました。
 悩ませているものは何なのか焦点を絞ることが出来ず、カウンセリーに振り回されてしまうことがあったり、こちらの問いかけに応答してくれなかったり、まったく返事が来なくなったりすることが多々あります。そんな時に、グループでのコンサルテーションを通して新たな気付きを与えらることはとても助けられます。
 このメール相談の取り組みを通して学んできたことは、聴くことの重要性、特に話の内容に囚われず、相手の感情に耳を傾けることの大切さです。
 学ぶ前は『アドバイス』こそがカウンセリーの求めているものであり、それを与えることが重要だと思っていましたが、最も必要なのはアドバイスではなく、まずは相手の訴えることに耳を傾けることであることが第一歩でした。
 そして相手がどのような感情を抱いているのかに耳を傾けることの大切さを知り、表面に浮かんできているものだけでなく、カウンセリーの心を縛っている様々な感情と見つめ合えるように、自分の思い込みにならないよう、フィードバックを怠らないように、進めていく大切さを学びました。
 また、メールによる相談を始めてみて、カウンセリーが自ら答えを見つけていくのを目の当たりにする体験を通して、カウンセリーの持つ力、可能性を知ることが出来ました。このことは、私達自身にも、それぞれにとってのすばらしい力が備わっていることへの自覚にも繋がるものでした。
 私達は今までに学んできた体験を糧として、それぞれが生きた体験を通して、ベストワンではなくオンリーワンを目指しながら、今後は仲間を増やし、新たな学びへと役割を担っていく新たな出発の時でもあります。
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☆臨床牧会教育証明書
牧会教育スーパーヴィジョン及び精神治療専門学会(CPSP)ロッキーマウンテン地区デプロメイト
臨床牧会教育 証明書授与
 貴方が三年の期間を通じ、電子メールによる臨床牧会教育コースを経験し、終了されました事を認め、CPSPの臨床牧会教育の証明書を授与致します。

 電子メールによる臨床牧会教育の単位は、三年間牧会配慮と支援とカウンセリングを学習する過程で、長期間の学習及び研究、牧会訪問の監督、貴方とグループ各自の関係を学び、築き上げる活動等を、誠意と忠実さを持ち努力された事を意味致します。貴方の努力は、ACPE(全米臨床牧会教育協議会)、CPSP(牧会教育監督及び精神治療専門学会) の臨床牧会教育スーパーバイザーである林浩司牧師/司祭との協同の開拓精神に満ちたものです。
 コロラド州デンバー市、CPSPロッキーマウンテン地区のデプロメイト一同は大きな尊敬と感謝の念で、貴方のこの輝かしい成果を共に喜ぶものであります。新分野開発モデルである、インターネットを応用しての神学教育専門課程の意義ある臨床牧会教育の達成は、インターネットによる神学教育や臨床牧会教育の将来の国際関係学術交流の新しい見本であります。

 敬愛と感謝の気持で、CPSPのアメリカの学会会員は、貴方のこの素晴らしい業績達成を確認、著名致します。

CPSP会長・フォイ、リッチー牧師
CPSPスーパーバイザー・
林浩司 司祭/牧師
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 2003年10月11日~13日、六甲山YMCA・研修所において、第2回「臨床カウンセリング研修会」(CPSP日本支部総会)を開催。出席者は、長尾文雄、村田真理枝、井原美智代、柳幸三郎、太田国男の5人。今回はCPSP日本支部の運営と活動内容・在り方について話し合われた。メーリング内でのスーパービジョンを実施する事を申し合わせた。
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☆CPSP日本支部 メンバー構成員
Kojiさん
(林浩司 コンサルタント)
Bunさん
(長尾文雄 コーディネーター)
Marieさん
(村田真理枝(医療)ボランティア)
Michiyoさん
(井原美智代(留学)ボランティア)
Kouzaburouさん
(柳孝三郎(牧師)ボランティア)
亜希子さん
(花田亜希子(医師)ボランティア)
ひつじさん
(太田国男(元牧師) ボランティア)
Dr.町田さん
(町田宏(医師)協力者)
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[CPSP日本支部]とは、 2001年3月1日に発足しました。ウェブ「ふれあいの窓」で行っています「牧会カウンセリング臨床教育講座」で、その学習を修了した人々によって結成された、カウンセリング・グループです。
 その支部活動は年に2回以上のスーパービジョンと、いのちのeメールのメール相談を受けることであり、それらを通じて、カウンセラーとしての資質向上を図ることが本支部の目指すものです。
 「CPSP」は、アメリカのカウンセリング協会:The College of Pastoral Supervision and Psychotherapy のことです。
【支部の目的】本支部は、年2回以上グループによるコンサルテーションを実施することと、「いのちのe(電子)メール」 でメール相談を受けることをとおして、カウンセリング(聴く技能)の向上を図ることを目的とする。
【支部の活動】メンバーによるコンサルテーションの実施。 「いのちのe(電子)メール」のカウンセリング・ボランティアとして「メール相談」活動を行う。 「ふれあいの窓」のカウンセラー・スタッフ(長尾文雄)の指名を受けて「相談の窓」のクライエントを担当する場合もある。


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◆メールカウンセリングの実践報告
"いのちの電話"があるように「いのちの電子メール」というものがあってもよいのではないか、という率直な発想からこの「いのちの電子メール」が生まれた。
 素朴な発想に基づいて、「ふれあいの窓」の「牧会カウンセリング臨床教育講座」の講習(1997開講~2001閉講)を修了した、カウンセリング・ボランティアのご協力によって「メール相談」を受けることになった。勿論、このカウンセリング・ボランティアは「ふれあいの窓」のカウンセラー・スタッフが支援しています。
 この「メール相談(メール・カウンセリング)」は、2001年4月に第1号をお受けしてから3年後の2004年9月30日まで、44ヶ月間に214件の{メール相談}をお受けしました。一ヶ月平均約5件(4.86件)という、決して多い件数ではありませんが、一人のボランティアが複数の相談に応じることもしばしばです。
 2004年9月現在、4人のランティアが常時順番に当たっている。しかし、メール相談が集中するときが時々あって、多いと時には一人で複数抱える事がしばしばある。2人のカウンセラースタッフも加勢する事になり過密時の解消につながるだろう。
【厳禁】この「メール相談」では、商用的な相談をはじめ、個人や団体を誹謗・中傷するご相談、仲介相談には応じません。
【メール相談要綱】この[メール相談]は無料ですが、応答期間は約1ヶ月間とし、その間4、5回の応答(交信)に留める事を原則とします。その予定期間を超える場合は、その折りに改めてご相談に応じます。勿論、メール相談内容はコンフィデンシャルを厳守致します。
 尚、相談に際しては(1)件名には[メール相談]と書いて下さい。(2)お名前(ハンドルネームでも可。(3)性別・年齢・職業・家族構成。(4)あなたご自身のメールアドレス。(5)ご相談内容。以上の5項目は必須項目です。いずれも解り易く書いてから「送信」ボタンを押してください。☆必須5項目を省略したり、不明瞭な内容の場合はお断りする事もあります。
 最近は相談者が多くなり、込み合って応答が遅れる事もしばしばありますので予めご了承下さい。 皆さんの「メール相談」の応答には下記の"カウンセリング・ボランティア"の方々の中から、どなたかお一人が当たられます。どなたが担当されるかは当方で決めさせて頂きますので、その点もご了承ください。
(HP「いのちの電子メール」のプレゼンテーションより)

 この「CPSP日本支部」がグループの電子メールカウンセリングを支援するために、またその資質向上を目指して、運用しているメーリングリストはこの約3年半に記録した交信数は、2,150通を数えた。1日平均1通~2通が配信されていることになります。勿論、私信・個人メールでもサポート・連絡事項などしますからそれらの交信を含めると、凡そ4,000通を遥かに超える。

「メール相談」受付 年齢別表
------------------------------
男性%…年台…女性%
------------------------------
%…50… 5%
2%…40… 3%
4%…30…26%
4%…20…17%
3%…10… 8%
9%…不明…19%
------------------------------
22%…合計…78%
------------------------------
 この表は9月末の214号から113件までの100件の年齢別表です。この表によってお分かりいただけると思いますが、男女別では男性22人、女性78人と圧倒的に女性のカウンせりーが多いことでしょう。しかも30歳代が26人、20歳代が17人で、全体の43パーセントを女性が占めています。
 そして、この年代が抱えているさまざまな問題がメールカウンセリングとして入ってきます。結婚・離婚・恋愛・不倫はもとより、依存症、うつ病、過食・虚飾症など枚挙のいとまがないほどです。それらの相談内容は「秘密厳守」なのでここに例として挙げることをひかえます。
 先の女性と同じ年齢層で、男性の場合は対人関係に関する内容が多く見られます。ことに職場でのトラブルに関するものが目立ちました。勿論男女関係の問題もあります。
 10歳代の場合は全体の約一割を越えている。女性の場合は、家族関係、過食・虚飾症やリストカットや自殺願望の悩みが目立ち、男性の場合はこの世に対する不満や将来に対する不安、自殺願望などです。
 50歳代の女性の場合は、子供の受験や就職などを気遣う母親の悩みが多かった。

「いのちの電子メール」に寄せる
~わたしの想い~

 わたしの熱い想いを託している「いのちの電子メール」を実現できたのはインターネットの世界、仮想現実の世界だったからだと思っています。しかし、仮想現実を実現した喜びは大きい。この世に在っては何一つ作り出す事が出なかっただけにその喜びは隠し切れない。その「いのちの電子メール」に寄せるわたしの想いを紹介してこの稿の纏めにしたいと思います。
 人はすべて等しい存在だと言われていますが、人の何が等しいのでしょうか。と言う素朴な疑問について、わたしの理解からお話したいと思います。その素朴な疑問は考えるまでもなく、人の「いのち」そのものが等しいのだと思います。人のいのちは人の存在そのものを意味しています。そしてよく聴きなれた言葉ですが「人のいのちは地球よりも重い」し、何よりも尊い存在であります。
 ハンセン病を患ったからとて、その「いのち」が軽んじられていいのでしょうか。否!です。その事をはっきり言えるようになってから、わたしはハンセン病を患ったことによるわが身の後遺症を克服する事が出来ました。それまでは、自分の後遺症、殊に顔面の後遺症が恥かしく惨めに思えてなりませんでした。今では、人から"あの顔で恥かしくもなく、日本中あっちこっち、よく行くもんだ"とか、また外国旅行した事が知れると今度は"日本国内ならまだしも、あの顔で外国にまで行って辱をさらしてくるとは…"と噂するあきれ声がわたしの耳にまで届いても、さほど驚かなくなりました。何故なら、人のいのちは人の風貌によって左右するものではないという信念を抱いているからです。しかし、一気にそのような信念に到達したわけではなく、薄皮を一枚々々剥ぐようにして到達し得た信念です。
 傾聴カウンセリングを学習する中で、いのちのダイナミックな経験がわたしを生かしており、またカウンセリーの悩みを受け止める力量になっていることを知りました。
 2001年5月11日の、ハンセン病国賠訴訟の熊本地裁の判決は謂われなき偏見と差別を断罪し、ハンセン病を患った人々の人権を取り戻し、人間回復の扉を開いてくれました。そのことにより、先の"人のいのちは人の風貌によって左右するものではない"という信念が深められた事も事実です。
 ところで、わたしが「いのちの電子メール」と言うことを始めて口にしたのは、カウンセリングの学習を始めてから2年後の2000年3月に開催した第一回目の集中講義を受けた時、講師との「面接」の中で、カウンセリングを学んで何かしたい事があるか質問されたときに、日本には「いのちの電話」と言うものがあって、今では半ば公共的な存在になっているから、この講座で学んだ人たちによって、「いのちの電子メール」のような事をはじめたらどうか、と考えている事を話したのが最初だった。その次の第2回目の集中講義が開催されたとき(2001年2月開催)、その運用が具体的になった(その「いのちの電子メール」の実践報告は、先にお話したCPSP総会でグループを代表して行ったスピーチ(実践報告)を参照していただきたい)。
 わたしは、この「いのちの電子メール」を通じて学ばんだ一つに、人の悩みはその内容こそ異なりさまざまである。けれども人の心の「悩み」そのものは重い存在であると言う事でした。すなわち、わたしはハンレセン病を患ったゆえに生じるさまざまな「悩み」が一番深刻で苦渋に満ちた、筆舌に尽くせないものだと思っていました。しかし、メール相談に来るカウンセリーの悩みもそのカウンセリーにとっては深刻で苦渋に耐え切れなくなってのカウンセリングであることを知りました。そしてその悩みに何処まで深く共感し、双方の信頼関係を深めながら、悩みの解消へと進められるかが、メール相談の課題でもあると思いました。カウンセリーの悩みに共感するためには、カウンセラー自身のダ
イナミックな経験が大切な役割を演じていることを稲担っている事も学ばされました。人の悩みの重さを量ることはできない事を痛感した。
 こうしてわたしは見えない「心の壁」を乗り越える事が出来たと同時に、人間回復を取り戻す事が出来たと信じています。
 インターネットの世界にも「心の悩み」を持っている人々が大勢おられます。心の悩み相談に応じてくれる人(電子メールカウンセラー)を待っていると思います。
 現在わたしたちのように、小さなカウンセリング協会がほんの僅かなボランティアによって行っている「いのちの電子メール」~心の悩み相談~が拡大して、「いのちの電話」の様に公共的な存在になることを期待しています。
 インターネットの検索していただいたら、沢山のカウンセリング関係のサイトが表示されて、こんなにも沢山あるのかと驚かれる事でしょう。
 しかし、主にカウンセリングを学ぶための専門教育と資格取得のためのカウンセリング協会や有料の「メールカウンセリング」のサイトに出会う事でしょう。
 わたしたちが行っているような無料の「いのちの電子メール」は。キリスト教会で牧師さんが一人で行っているサイトが一つあります。わたしたちとほぼ同じ時期に同じような素朴な発想からはじめられたようです。
 先の牧師さんのように、またカウンセリングの資格を持っておられる方なら直ぐにでも始められます。また、そうした志を持っている方が協力すれば容易にはじけられると思います。
 今日この話をお聞き下さった方々の中から、第二、第三の「いのちの電子メール」が、熊本「いのちの電子メール」が生まれることを熱い想いを持って期待しつつも、その必要性うまく伝えられなかった貧しい話を、最後までお聞き頂きくださった皆様に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

住所=熊本県菊池郡合志町栄3796
   菊池恵楓園内 天草寮1号7番
          太 田 國 男
電話番号=096-248-437


【参考資料】
~わたしが運用している主なHPの紹介~
☆「緑の牧場」メインページ
http://www.try-net.or.jp/~k-ohta/
☆{かえで共和国}
http://www.try-net.or.jp/~k-ohta/kaedekyo/
☆「ふれあいの窓」~心の悩み相談~
http://www7.ocn.ne.jp/~sgroupx/
☆「CPSP日本支部」
http://www7.ocn.ne.jp/~sgroupx/cpsp/
☆「いのちの電子メール」~心の悩み相談~
http://www7.ocn.ne.jp/~sgroupx/inochi/index.html

カテゴリーの変更

今日は、「呪縛からの解放」を読み易くするためにカテゴリーの遣り直しをした。この後は、あっちこっちに分散して掲載したものをここにまとめるつもりでいます。HPに掲載していないものもここに載せたいと考えています。ご期待ください! と言っても、わたしのすることですから、大したことは出来ません。よろしくお願いします。

呪縛からの解放


〔講演要旨〕 演題:呪縛からの解放
~元ハンセン病者とその家族の名誉回復を~


1.魂(たましい)の(精神的な)解放  
~キリストの福音(魂の救い・解放の福音)~
2.不治の病からの解放
  ~特効薬・プロミンの出現~
3.悪法からの解放
  ~ライ予防法の廃止と新法交付~
4.謂れ無き偏見・差別からの解放
  ~ハンセン病国賠訴訟・熊本裁判の勝訴~
5.謂れある偏見・差別からの解放
  ~人権回復・名誉回復への悲願~

◆【はじめに】
 「呪縛からの解放」とは些か強烈なタイトルですが、しかしハンセン病の歴史は天刑病とか、業病とか、不治の病いだとか、呪いとも言える差別用語を使って「謂れ無き偏見と差別」がこの病躯を拘束し続けて来た、まさに「呪縛の歴史」そのものであった。そして、わたし自身が辿って来た人生はその呪縛との戦いでもあった。

 この話は"魂の解放"をはじめ、"不治の病からの解放"、"悪法からの解放"、"謂れなき差別と偏見からの解放"、"謂れある偏見と差別からの解放"を通して“この世から偏見と差別をなくそう!”という悲願達成に与かりたいという願望の発露の一滴に過ぎない。


◆(1)魂の解放(魂の救い)

 わたしのこれまでを詳しく書くスペースはここにはない。この事だけは書かないと私自身が自分の生涯を正しく伝える事が出来ない。ハンセン病は肉体的に止まらず、心までも蝕むからである。自殺へと誘われることがあるからである。ひとり私だけでなく、ハンセン病に罹った者ならほぼ100パーセントの者が一度や二度は自殺を考えた経験の持ち主である。

 こうなったら居直って生きる、自暴自棄の人生を刹那的に送る、生きる意味を見失って諦観的な人生を送ることを由とする者が多い中で、宗教による魂の救いを得て生きる希望の光を見出そうとするものも決して少なくなかった。わたしはその中の一人、キリスト教信仰によって「魂の救い」に与かって、今を大切に生かされることを受け止めたとき心の安らぎを得て魂の解放を信じる事が出来たのである。この事がわたしの生涯の根幹にあること知っておいて欲しいのである。

"人生はその呪縛との戦いでもあった"と言いましたが、ハンセン病を患った事により、偏見と差別でがんじがらめにされた。それまでと同様に自由に友達とも遊ぶ事も侭ならなかった。周囲の目を憚って郷里からも逃げ出すことになった。骨になっても郷里に帰れない。新薬が発見されて、完治の福音に接しても、後遺症をもった身体的不自由さは解消されなかった。

 入所して間もなくの事。療友の自殺を目撃して、"命の尊さ"を知らされると同時にその命の尊さを聖書によって深く教えられて信仰へと導かれた。

世に"人の命は地球より重い"と言われるように「命の尊さ」を知らされた。この言葉の出所は知らないがバイブルにははっきりと記されている。

マルコ8:36「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」(平行記事:マタイ16:26、ルカ9:25)

世界ことわざ辞典には「人の命は万宝の第一なり」とある。


◆(2)不治の病からの解放
 ハンセン病は遠い昔から、"不治の病"と恐れられて来た。まず何と言っても一度この病魔に侵されたら完治しないという誤解が何よりも恐れられる要因ではなかったか。同時に、たとえ後遺症にしろ、人の目に付き易い顔や手足に現れる。しかも著しく醜いまでに変形することがあるからだろう。それらのことが偏見差別を助長する要因になっていた。人の心には偏見・差別の心が存在する以上、そのことを否定する事は出来ないだろう。また、全く不治の病いだったとは言えない。自然治癒の症例がなかったわけではないからである。完治したと確信できなかったにしろ、病状の悪化を抑える薬もあったからである。

 1873(明治6)年に、ノルウェーのハンセンによって「らい菌」が発見された。
因みに、らい菌は慢性伝染病で、伝染性は甚だ弱いことが分かっていた。そして、偶然とはいえ、1935(昭和10)年、アメリカでは細菌性疾患に対する治療剤としてスルファミン剤が発見された。これが抗酸性の結核に威力を示すことが分かり、結核治療薬としてプロミン、ダイアゾンが製剤された。しかし皮肉にも、結核治療に効果をおさめる事は出来なかったが、結核菌とは性質的に類似するハンセン病菌への適用が試みられたところ、実に驚異的な効果を得たのである。

 1941(昭和16)年、アメリカのハンセン病療養所で、この新薬<プロミン>による治療が行われた結果、その効用が証明された。遂に、新薬プロミンの出現は「不治の痾いからの解放」を高らかに告げた。第二次世界大戦終結後、新薬プロミンが日本でも本格的に製造されるようになり、入所者全員が本格的にその新薬の恩恵に与れるようになったが。それは昭和20年代後半であった。

 新薬プロミンの治療で完治して、ハンセン病後遺症もなく、若い入所者たちは社会復帰の希望に燃えて退所した。その数は決して多くはなかった。重度の後遺症を持つ者や高齢者なども、たとえ社会復帰出来ないまでも、新薬プロミンが及ぼした身体的な影響は絶大なものであった。それはまさに「不治の病いからの解放」であり、ハンセン病者への最大の「福音」となったのである。

"不治の病"は絶望を意味した。しかし、その絶望から解放されるためには強靭な精神力が伴う。俳人・玉木愛子は「虫這えり蝶となる日を夢見つつ」と詠んで、"よみがえりのいのち"、新しい復活の命に生かされる希望をあかしした。

・ハンセン病は"遺伝病ではないか"と言う見方も少なくなかった。何故なら、家族内伝染が比較的多かったからである。
 鹿児島の奄美和光園の保育の例を引用する。


◆(3)悪法からの解放 ~らい予防法の廃止(1996.03.31.)
          新法公布(1996.04.01.)~

 ハンセン病者の強制隔離政策を推進するため、5箇所にハンセン病専用の療養所を作ることを目的にした法律・「癩(らい)予防ニ関スル件」が1907(明治40)年に制定された。それまでは、わが国のハンセン病者救済対策は放置されていた。もっぱら、宗教家、篤志家、主に外人宣教師たちの献身的な救済に委ねられていた。

 1931(昭和6)年に制定された「癩予防法」は国民の誤解を解かず、伝染力を恣意的に強化すると言う、「患者狩り」への道を整備し、75年間にも及ぶ長い間続いた。それ先立つ、1930(昭和5)年10月に、内務省衛生局が発表した「らいの根絶策」によると、「ハンセン病は「惨鼻の極」であり、「らいを根絶し得ないようやうでは、未だ真の文明国の域に達したとは言えない。「らいを根絶する方策は唯一つである。らい患者をことごとく隔離して療養を加えればそれでよい。他に方法は無い」というらい根絶策を発表した。

 それは、ハンセン病に対する恐怖心・嫌悪感をいたずらに煽り立てて、国辱論を交えながら、ハンセン病患者をことごとく隔離する絶対隔離政策が唯一正しい方策であり、これを行わなければハンセン病の恐怖からは永久に逃れられないと、悪質な強迫概念を国民に植え付けるものであると、熊本判決は断定。

 そのような悪法の粉砕と人権回復、人間の尊厳、療養所の改善を求めて、全国の療養所の入所者を結集して組織化し、その運動を進めてきた。その戦いの歴史は「復権への日月(じつげつ)」(A4版409頁)に集約された。そのたゆまない長い運動の成果ともなったのが、1996(平成8)年3月末日を以って公布された「らい予防法」の廃止であり、新法公布(1996.04.01.)となり、隔離を前提にして来た悪法から解放されたのである。

 因みに、悪法と言われる要因は強制隔離政策に加えて、療養所の施設の管理だけなく、入所者をも管理する上で、施設運営に支障があると、施設長(園長)が判断した場合はその入所者を「拘束する権限」を持っていた。その「拘束権」は悪用され、入所者の人権を無視するケースもあり、入所からは恐れられていた。それらの悪法からも解放された。

・強制隔離は"拉致"と同じだと思う。北朝鮮の日本人拉致問題が盛んに報じられ、その全貌が次第に明らかにされつつあるので、その実態がいかに残酷な行為であったかは理解して頂けると思う。

・入所者の所内結婚の条件として行われた、人権を無視した"堕胎行為"を強制した。

・園の意向に反した行為をすれば拘束され、監禁室へ入れられる。


◆(4)謂れ無き偏見・差別からの解放
 ~ハンセン病国賠訴訟・熊本裁判の勝訴~

 「ハンセン病違憲国賠訴訟判決」は、国政レベルの強制隔離政策(謂れ無き偏見と差別)を断罪し、2001(平成13)年5月25日に確定したことにより、人権回復・名誉回復を保証し、謂れなき偏見・差別からの解放となったのである。熊本裁判所の判決文は「ハンセン病国賠訴訟判決」(解放出版社の編集発行 A5判326頁)という冊子になった。

その熊本地方裁判所の判断にれば、論争点の一つであった「厚生大臣の政策遂行上の違法及び故意・過失の有無について」は、公衆衛生上、隔離の必要性を認め得る限度で許される場合もあるが、昭和28年前後の医学的知見等を総合すると、遅くとも昭和35年以降においては、もはやハンセン病は、隔離政策を用いなければならないほどの特別の疾患ではなくなっており、すべての入所者及びハンセン病患者についても隔離する必要性が失わていた。

 したがって、厚生省としては、同年の時点において、隔離政策の抜本的な変換等をする必要があったが、新法廃止まで、これを怠ったのであり、この点につき、厚生大臣の職務行為に国家賠償法上の違法性及び過失があると認めるのが相当である。

 論争点の二つ目においても、「国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)が国家賠償法上違法となるのは、容易に想定し難いような極めて特殊で例外的な場合に限られるが、遅くとも昭和40年以降に新法の隔離規定を改廃しなかった国会議員の立法上の不作為につき、国家賠償法上の違法性及び過失を認めるのが相当である。」とその誤った国家・国策を断罪した。しかし、約1世紀にも及ぶハンセン病に対する謂れなき偏見・差別を許して来た、いや!国家・国政レベルの過ちは容易には払拭されないのである。
【開かれた扉】~ハンセン病裁判を闘った人たち~
著者:ハンセン病違憲国賠訴訟弁護団。発行所:講談社。
A5判378頁。

・悪法と言われていた「らい予防法」が廃止されたのだから、裁判まで起こす必要は無かったんではないか、と言う疑問視される向きもあったが、"「らい予防法」を廃止する法律"珍しい法律でその法律を"新法"と呼んでいる。

 全療協は、らい予防法を廃止して、現実に相応しい福祉法的なものを望んでいたが、らい予防法と言うものを全くなくしてしまうと国家が責任を持って今後の在園保障が維持出来なくなる。と言う事から………、納得させられていた。不満と疑義を抱きつつ、渋々受け入れていた。

・裁判が起こされてから"裁判は組織破り"として、原告団を非難する声も有った。裁判を阻止する嫌がれらせは「勝訴」しても続いた。


◆(5)謂れある偏見・差別からの解放    ~人権回復・名誉回復への悲願~
    ~誰でも人を見た目で判断してはいけない~

 "謂れなき偏見と差別、その逆もまた真なり"という、人の思い(心)の中にある、「謂れある偏見」の差別意識は人の心に潜んでいる。そして偏見・差別は無意識のうちに親から子へ、スリコマされる。そのプロセスで、間違った差別を是正・阻止するためには、早期の科学的なハンセン病の教育が必要であり、平行して社会教育・啓発も欠かせない、今後の課題として残っている。

 《コップと尿瓶の話をする》
 NHKテレビで、「ようこそ先輩」という子供さん向けの馬鹿組みがありますが、あるとき、京大の先生が母校でのお話が印象的だったのでわたしの心に残っています。そのお話の一部をここで紹介させていただきます。

 まず、教室に入って来るなり、真新しいバケツから、カラスコップとカラス聖の尿器と一リットルのペットボトルょ取り出し、すべて新品であることを説明してから、ガスのコップとガラス製の尿器にそれぞれペットボトルま水を半分ほど注ぎました。

 そして、児童に向かって、中身の水は同じだから、どちらの器からのんでもいいから、誰か出て来て飲みなさい。といいましたが、みなんもじもじしながら、しばらくお互いに敬遠していました。

やがて、一人の男の子が出て来て、さっとコップの水を飲みました。
先生が何故コップの方を選んで飲んだのか聞きました。そしたら、子供は「尿器は汚い不潔なことに使うものだから………」って答えました。………、この事を見ていたわたしは"ハット"感じた。

 何故なら、人の先入観の恐ろしさを見たからです。たとえその中身は同じであっても、概観の形がその中身まで印象付けてしまう、という、まさに"謂れある偏見と差別"の片鱗を見た重いでした。

 尿器もコップも全く同じ材質で、しかも一度も使用していない清潔な器に、同じ水を注いだのに、中身も全く同じなのに、その形が、その概観が一方は飲み物に使用する欝は、今一方は病人が寝たままおしっこをするときに使用する器、排出物を入れる容器、会館が、
形が違っているだけなのに、きれいな器、汚い器だというように。決め付けてしまっていたから、さっきの子供はコップの方を選んだわけです。当然のことと言えば当然の事でした。

 謂れのある偏見と差別も、ハンセン病元患者の後遺症に対する偏見と差別も、概観が醜いということから差別され、忌み嫌われてきたのです。たとえ概観は醜くても、その人の心のうちまで醜いわけではないんです。

 ハンセン病元患者も健康な皆さんも人としての人格は等しく尊いものなのです。これまでの忌まわしい先入観を捨てて、人としての人格をお互いに尊重しあうことこそ大切だと思います。

【らいとハンセン病】
らい病とハンセン病は同じですか、いいえ、違います。
らい病は、忌まわしい偏見と差別に閉じ込められている嫌われている病気です。
ハンセン病は、プロミンという特効薬によって癒される、治る病気のことです。完治する病気です。

 わたしの兄が死の床から一緒に寝てくれないかと言われたとき、怖くて寝てやれなかった。今わたしの顔がハンセン病後遺症とは言え、あの時怖くて寝てやれなかった兄の顔と同じように

醜くなった。私自身自分の顔を見るのは余り好きではない、出来るだけ鏡などに自分の顔を映すことは避けてきた。避けるのではなく、たとえ醜くとも、それを受け止めなければ、自分自身が却って惨めである。分の顔だから、せめて自分だけでも、その顔をいとおしく受け止めてやらなければ…、何故なら、人は外見でその人の人格を判断し勝ちである。その人の人格・真価は外見によって判断すべきではないからである。

 先日、郷里の実家へ直接電話を入れた。わたしは"国男だょ"って名乗った途端に"ガチャン!"と電話は切れてしまった。一番理解して欲しい肉親・家族たちが、今も尚、謂れある偏見と差別の妄想の虜になっている。それは、"謂れある偏見と差別"が人の心から払拭されなければ"謂れある偏見と差別からの解放"果たし得ないだろう。


◆【おわりに】
 やがて、郷里の親族はもとより、皆さんからも「お帰りなさい!」と笑顔で迎えられる日が来ることを希っている。しかし、インターネットの世界~仮想現実の世界~に在って、"謂れある偏見・差別からの解放"を実現することが出来た、と言って憚らない。何故なら、たとえバーチャルな世界だと言われても現にいろんな事を実現した経験を持っているからである。インターネットの世界は夢を実現する世界だと思っているからである。その代表的な事を時間の許される限り紹介したいと思う。

 「いのちの電話」があるように、インターネットの世界にも「いのちの電子メール」が在っても可笑しくない、という事で「メール相談」(心の悩み事相談)をカウンセリング・ボランティアと共に応じている。多くの心の悩み事を共感することを通じて、謂れある偏見差別からの解放を実感している。

 インターネットの世界はバーチャルリアリティーの世界だと言
われるけれども、国境の無い世界、勿論、人種差別もない世界である。そして命題の「呪縛からの解放」、わたしの"呪縛との戦い"も幻想に過ぎない、と受け止めた時、呪縛からの解放を実感する事が出来たと思っている。

・北海道・稚内出身の方とインターネットを通じてお知り合いになった事がきっかけとなって、ただ、電子メールだけの交流で相互の信頼関係が出来上がり、カウンセリングを学ぶ講座を開設したり、小さいけどカウンセリング協会を創設したり、メール相談に当るカウンセリング・ボランティアを得て活動している。

【配布資料】に、太田さんは、メールを通じていろいろな人の悩み相談にのると共に、ハンセン病に対する正しい理解を広めるため、ホームページを作っています。

 太田さんは言います。「ハンセン病元患者としてではなく、一人の人間として、相談者と向き合う、そのことで、おれも人間回復してるんだよ」って書いてありますが、

【太田国男の略歴】
1931(昭和6)年5月24日愛知県に生まれる。
10歳の頃発病。1946(昭和21)年2月20日群馬県・国立療養所・栗生楽泉園入園。1948(昭和23)年に洗礼を受ける。1964年4月長島聖書学舎に入学~1967年3月末日、卒業。1968年5月結婚。1973年12月19日、執事に叙任。1982年12月28日妻・清子逝去。1984(昭和59)年10月10日熊本・菊池恵楓園へ転園。1988年、アマチュア無線の資格を取。1991年5月24日、還暦の記念にパソコンを購入。1996(平成5)年8月8日、「緑の牧場」という名のホームページをプロバイダーに登録。以来ホームぺージつくりを続ける。1997(平成9)年3月30日~4月10日、イスラエル旅行。2001年3月1日、CPSP日本支部設立。同時にHP「いのちのe(電子)メール」開設。2001年3月末、定年退職、菊池黎明教会牧師補を解かれる。2002(平成14)年6月7日NHK熊本TV製作の"心をつないだ電子メール"~元ハンセン病患者と女子中学生~出演。2002年7月31日号熊本日日新聞の「命ある場所」で、「いのちのe(電子)メール」による「メール相談」のボランティア活動が紹介された。2003年3月20日~4月1日、米国CPSP総会出席と研修旅行に参加。
・現住所:〒861-1113 熊本県菊池郡合志町栄3796 国立療養所・菊池恵楓園内。
・電話番号:096-248-4373
・ホームページ紹介:緑の牧場(メインページ)、菊池黎明教会、ふれあいの窓(カウンセリング、心悩み相談)、いのちのe(電子)メール(心の悩み相談)、かえで共和国、ひつじのHomepage、ハンセン病関係、国陪訴訟関係等々。
E-MAIL:hitsuji920@gamma.ocn.ne.jp
HomePage 【緑の牧場】
URL:http://www.try-net.or.jp/~k-ohta

##############################
〔註〕以下に引用してある聖書の言葉はわたしの話の基調的な、精神的にも基礎となっている聖句や聖書の箇所であり聖書理解である。

◆生き生きとした希望(ペトロの手紙一第1章3節~9節)

3:わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、
4:また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。
5:あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。
6:それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、
7:あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。
8:あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。
9:それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。

「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために。主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」ールカによる福音書第四章第十八、十九節ー


◆上からの知恵 ヤコブの手紙3章13節~18節

13:あなたがたの中で、知恵があり分別があるのはだれか。その人は、知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。
14:しかし、あなたがたは、内心ねたみ深く利己的であるなら、自慢したり、真理に逆らってうそをついたりしてはなりません。
15:そのような知恵は、上から出たものではなく、地上のもの、この世のもの、悪魔から出たものです。
16:ねたみや利己心のあるところには、混乱やあらゆる悪い行いがあるからです。
17:上から出た知恵は、何よりもまず、純真で、更に、温和で、優しく、従順なものです。憐れみと良い実に満ちています。偏見はなく、偽善的でもありません。
18:義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。

17節に「偏見はなく」と言うのは口語訳では「かたより見ず」と言う風になっていますが、ギリシャ語は"アディアクリトス"という語句が用いられています。そのギリシャ語の語源は"ディアクリネオー"、すなわち"クリネオー(片寄り見る)"という動詞が用いられており、ここでは"アルハー"という否定語が付いて、口語訳の"片寄り見ず"、共同訳の"偏見はなく"と否定語句になっています。因みに、名詞は"クリマ"「片寄り、偏見」と訳される他に「裁き」とも訳されます。
従って、人の優劣を裁くと言う事を意味している語句でもあります。
##############################

後半部分を一気に

今日は「呪縛からの解放」の後半部分を一気にアップした。それと言うのもブロードバンドの調子が悪くてなかなかアップ出来ずにいていらいらしていていたが、今日はうまくアップできてほっとしています。これで「呪縛からの解放」の講演要旨はおわりですが、この要旨はあくまでも要旨であって、その折々に部分的に長くしたり短くしたりしています。しかし、大筋ではそのレジュメの流れでお話しているつもりです。おわりの部分にはわたしの信仰理解の定本になった聖書の箇所も2、3上げておきました。一般向けの講演の中では用いていませんが、聖書の言葉によって今のわたしの人間形成がなったと信じていると言ってはばからないからです。

今後のわたしの願いとしてはこれまての講演で語ったことなどを基にして自叙伝でも書ければなぁー、密かな願望を抱いていますが………。ここに書いてしまっては密かなになりませんね(笑)今後ともにご支援をお願いします。

悲しみと喜び

悲しみを胸に抱きつつ迎えた今年の夏祭り盆踊り大会でした。実はその当日の午後、菊池黎明教会の最高齢の信徒(94歳)が召されました。その方は、リデル女史がハンセン病患者救済のために開設した回春病院が閉鎖された際の(昭和16年)最後の目撃者の1人でした。その日は、皮肉にもリデル女史が召されて9年目(昭和7.02.03.)の命日だったと聞いています。

その方の通夜は10日夜になり11日が葬儀で忙しく過ごしましたが、9日の夜は待ちかねた孫たちが市内からや三重町からも訪れてくれて楽しい一夜を過ごしました。今度はいつ来てくれるのか楽しみにしながら、孫たちの成長を願っています。
坊さんともゆっくり歓談できましたね。またお出かけください。三重町のM先生ご一家とも久しぶりにお会いできて嬉しかったです。うのさんには新しい出会いを与えてくださってありがとう。また接待のお手伝いまでして頂き賑やかな家族団欒のときでした。

開設9周年!

今日はHP「緑の牧場」を開設して満9周年になる。10周年目を迎えた。これまで続くと思ってもみなかったが………。そして、ブログのような便利なものまで出現して驚いている。

今日の挑戦


今日はリンク張りやプロフィルの画像を貼り付けた。どこをどうやったらどうなるかがすっかり呑み込めないとなかなか勧めないなぁ~悪戦苦闘中!

はじめまして

ブログに挑戦のつもりで始めてみました。どこまで使いこなせるかが楽しみです。よろしくお願いいたします。
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