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2.「近きに問い、心に思う」

 新しい年・二〇〇六年を迎えた。当初の旅行日程は4月中旬を予定していたが、諸般の事情、ことに小林司祭の日程を考慮して、3月下旬予定のツアーに繰り上げることになった。年の初めからツアー参加の心構えやら、コースのポイントをビデオで観賞したりしてその日を待つことにした。
 3月18日(土)夜、翌日(主日礼拝)の打ち合わせもあって、小林司祭がわたしの部屋に来て「ところで、パスポートは確認したか?」と、明後日(20日)出発の「シナイ山・イスラエルの旅」の準備の確認を促した。わたしは自信たっぷりに「まぁ、すっかりできているさ…」って応答しながら、荷物は今週はじめに成田空港のホテルへ送ったし、ドル紙幣との換金も終わったし、……などなど独り言でも言うように確認しながら、何時も貴重品を入れる袋(携帯用皮袋)を取り出し、パスポートはこの中に入っている筈だと言って、チャックを開けた。"あれっ?!"…入っている筈のパスポートがない!先ほどまでの自信は吹っ飛んでしまった。
 昨年の暮れに旅行手続きして以来、小林司祭から折に触れて"パスポートの確認を…"何度も促されていた。………にもかかわらずこの始末。今更言い訳など言っている暇などない。身近なところから貴重品を入れて置くところの引き出しを片っ端から探したけれど見つからない。そこで、小林先生も加わって昨年暮れに手続きした時、パスポートをコピーしたことから、その後何処へ直したかをたどりながら探した。コピー機が置いてある教会まで行って探したがそこにもなかった。それから、T姉妹も駈け付けて三人で再度引き出しなどを探したが見つけ出す事が出来なかった。
 探しあぐねた末、もしかして空港ホテルに送ったバック中へ紛れ込んだのではないかという話になり、ホテルへ電話してバックの中を探してもらったがそこにもなかった。これで思い当たる所はすべて何度となく三人で探しても遂に発見できなかった。夜も遅くなったので、T姉妹は「出発までにはまだ明日一日あるから、もしかして出て来るかも知れないから(諦めないで…)」と言い残して帰宅した。小林司祭も宿舎へ引き上げていった。
 出発までにパスポートが見つからなくては飛行機には乗れない! そうなれば当然の事ながら"この度の旅行は取りやめるしかない!"しかし"パスポートを無くして旅行は取りやめた"とはとても恥ずかしくて言えそうになく…、その時の頭の中にはただ「後悔」のみが残った。
 その虚しい思いから抜け出そうと、パソコンに向かってゲームをはじめていた。そのゲームがうまくあがったら寝る事にした。何度か目かにあがって「近きに問い、心に思う」と云う言葉が表示された。何を意味することばかよく理解できない侭に床に付き、"近きに問い…"を呪文でも唱えるように繰り返しながら眠りに着いていた。
 翌朝五時半頃に目が覚めると同時に就眠前の呪文?"近きに問い"は"近くを探せ!"という言葉とタブって脳裏に浮かんで来た。早速着替えて、昨晩何度も三人でそれぞれが探したところ(何時も机に向かって座る時、目に止まり易いところ、目に近いところ)には未処理の書簡などを置くところ(手元)の重なった書簡を上から一つずつ丁寧に封筒の中身までいちいち確認した。何通目かにA3三つ折り用紙を入れる中型の封筒を逆さにしたら、中から赤い手帳が落ちた。"あった!"「日本国」と書かれた鮮やかな金文字が目に止まり眠気を払った。昨晩三人であんなに探しても見つけ出せなかった「パスポート」が出て来たのだ。
 早速、朝の六時半頃、心配掛けたT姉妹に電話してパスポートが見つかった喜びを報告して昨晩の労に感謝した。宿舎の小林司祭にも電話して報告とお礼を言った。一時は旅行断念を覚悟していたが、昨晩の悪夢はすっかり晴れて清々しい気分で朝食を摂り、主日礼拝に向かった。
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1.懲りずに三度目

 イスラエル(聖地)巡礼は、クリスチャンなら一度は行って見たいと思う場所である。しかし、重度のハンセン病後遺症をもっているわたしには「聖地巡礼」なんて夢のような話であった。わたしの胸中を知ってか知らずか、9年前に「(聖地へ)行って見たいなら、一緒に行こうか?」と誘ってくれたのが小林司祭だった。わたしのような不自由な者を10日間という長期間、しかも国外旅行に連れて行くのは大変なことだと言うことは容易に予測できる。小林司祭にどんな負担をかけることになるのか、私自身にとって何よりも気にかかることだった。
 9年前(1997年4月)に聖地巡礼の感想文の纏めに、小林司祭にも一文を書いてもらったがその小見出しのタイトル「太田先生は普通じゃない!」から、その内容が想像されるように、わたしは非常に我儘な性格の持ち主である。エルサレムの城壁の上を歩いて見たいとか、コースの中で急坂な坂道を歩かされると、不平を言って困らせた。通常の人の中では"自分は思い遣りの在る方だ…"と自負していた小林司祭が想像もしなかったハプニングの続出であった。今ではそれらの出来事がすべて楽しくも懐かしい思い出となっている。"もう、いつ死んでも思い残すことはない!"と、聖地巡礼の満足感を語った時、小林司祭が「そうか、わたしは葬送式の説教ができたから…」と笑った。

 その後(2004年5月)、「今度はイタリアのアッシジへ行って見ようか?}と、小林司祭からのお誘いを受けてとても嬉しかった。前回の聖地巡礼では一方ならぬご苦労をおかけしたにもかかわらず、懲りもせずお誘いくださったご厚意に感謝した。1997年に聖地巡礼をはたし、できることならもう一度行って見たい、と心密かに願っていたが、イスラエルの国状が定まらずなかなか実現しそうになかった。その矢先のお誘いだった。
 実は、小林司祭もわたしも同じクリスチャンネーム=アッシジの「フランシス」だったこともあって、是非行って見たいところの一つでもあった。
 そのアッシジへ行って見て感じたことだが、城壁に囲まれた小さな町、その城外に麦畑やぶどう園がパッチワークのように素朴な田園風景が広がり、国や人の争い、この世の煩わしさ疲れた者を癒してくれそうな雰囲気の中に包み込まれる思いがした。なんとも優しい気持ちにされたことを今も忘れる事ができない。なによりも、今から750年前に、富豪の家に育ったフランシスが富も栄耀栄華をかなぐり捨てて、イエス・キリストのみを慕い続けながら、世に捨てられたハンセン病者の友となって救済した足跡を辿る事ができたことは今を生かされる励みとなっている。今回も旅の終わりに"もう、いつ死んでも思い残すことはない!"と言ってしまった。小林司祭が「葬儀の説教は7年前に出来ているからなぁ~(…いつでもいいよ…)」って言うので大笑した。

 映画「十戒」のヒーロー・モーセの足跡を辿るコース(シナイ山)がセットされている「シナイ山・イスラエルの旅」のツアー参加募集があった。小林司祭はシナイ山へ行った事があるけど今一度行って見たいと思っているので参加申し込みする旨を話聞かせながら、"一緒に行こうか?"と、三度目のお誘いの話を聞いたのが昨年の10月頃だったと思う。しかし。視力が低下したことと同時に、体力的にも衰えを感じていたこともあって即答しかねていた。
 やがてその年の瀬を迎えてから、今回の海外旅行が最後のチャンスだと思うようになり、この度のツアー参加を決断し、その参加申し込み手続きのすべてを小林司祭にお願いした。その後、恵楓園の近くにお住まいのT姉も参加される事を知り心強くなった。T姉は助産師さんで看護のプロで、わたしが属している教会でご奉仕下さっている顔馴染みでした。また、そのT姉の親しいお友達(広島在住の現役の看護師)も参加されると聞いた。T姉がわたしのお友達と二人が小林司祭と共に支えますので「ご一緒しましょう…」と励まされて準備にも弾みがついた。
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