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年賀状

干支のねずみ

2008年

 あけましておめでとう!



 
      「傷ついた葦を折ることなく、

         ほのぐらい灯心を消すことなく、

            真実をもって道をしめす。」
(イザヤ42:3)

  ハンセン病療養所の入居者は超高齢化が進み、まさに終焉期に入った。「最後の一人まで」の国家の補償を確実にするため「ハンセン病問題基本法」の制定を目指して百万人の署名運動が始まっている。皆さんのご支援・ご協力をお願いします。
           「関連資料」ハンセン病療養所の将来構想署名活動のHPもご参照下さい。
             http://www5b.biglobe.ne.jp/~naoko-k/shomei/shomei.htm


 去る.2006年11月に左足を骨折してから、快方途上で2度目の骨折をし、また、その快方途上で今度は補装具で傷を作り、その傷が発熱したりで、昨年11月に退院するまでの約一年間で再三入退院を繰り返して、皆様に大変ご心配をおかけしました事をお詫びいたしますと共に、皆様方から寄せられましたご加祷を心から感謝し厚く御礼申し上げます。
 また、昨年の県の郷土訪問に併せて企画されていた、ハンセン病者隔離政策に真っ向から反対して来られた故・小笠原登博士の郷土(愛知県海部郡の甚目寺町)での啓発講演会での講師としての責任を果たす事も出来ず、ふ残念でなりませんでした。
今年は故・小笠原登博士の生誕120年に当たります。ご存命中には報われなかった、ハンセン病者の隔離政策反対説は凡そ半世紀を得て熊本裁判によって証明された。小笠原登 同博士の存在は、ハンセン病を患った者にとって慰めであります。こんな立派な先生が居られたにも関わらず、忌わしい無らい県運動の魁となった愛知県はその過ちを懺悔し、生誕120年にその証として小笠原登博士を顕彰し名誉県民に推薦していただきたい。と願っている一人です。下の写真は年越しの今の“ひつじぃ”今年喜寿を迎えます。
myface.jpg
新しい2008年が全ての人々に平和な年になりますよう祈ります。

    2008年 
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kiyoさんの訪問

午後3時過ぎに大分の「むすぶかい」のkiyoさんたちがわたし部屋にお立ち寄り下さって懐かしさに乗じてお喋りしてしまいました。kiyoさんとはホームページを通じて約10年来のお付き合いで、私を激励するために時折お友達をお連れしてわたしの部屋で、鍋料理などで親しいお交じりを続けている方です。

新しい記事アップ!

入院記
 今年の10月の「菊池野」誌に掲載された文章です。菊池野では写真がカラーでは刑されなかったので、ここで使用しました。

新病棟入院記

◎新第三病棟
玄関【写真・正面玄関】
昨年一〇月十六日に完成した、新病棟はハンセン病療養所九州ブロック医療センターの役割を担っている。ベッド数は五十床で、個室十二床、四人室が八部屋、その他に感染症用が個室二部屋と四人室一部屋とがある(全五十床)。正面玄関から入ると、ディルーム〔大ホール〕がある。此処は三、四人が輪になって食事介助を受けるスペースにもなっている。また、ディルームには自由にテレビが見られるように二台備えられている。時にはミニコンサートが開かれる事もあって、長期入院者のコミュニティ広場になっている。(案内図の黄色の部ディルーム、通路。青い部分が病室。)

三病棟全景【南側からの全景】
 新第三病棟には非常事態に備えて、南側の談話室を挟んで、感染症病室が三室(一つは四人部屋)がある。その中の一つが二〇号室(個室)だった。南側に窓があって、窓の外はタイル張りのベランダになっている。時折ベランダに出て寛げるようにドアが付いている。窓からベランダの向こうは芝生が広がって大草原?のようだ。「大草原の小さな家」を想わせるかのように広い芝生の向こうには小さな家がある(医療センターの宿泊所)。従って、ベッドからの眺めは素晴らしい。

前庭【写真・部屋から広い芝生が見える】
 ベッドの在るスペースは八畳程あり、それにトイレのスペースは二畳分位いだと思う。エヤコンは通路側出入り口から二、三歩入った天井に付いていて、ベッドの足元の方に在り、エヤコンの風が直接顔に当たらないように工夫されていた。冷暖房完備のこの部屋が好きになった。
 ある時、「原田先生、天草寮からこの部屋に変わりたいです」と冗談を言いましたら、原田先生が「ベッドの差額代を…」と言われるので大笑いした事があった。新・第三病棟の奥座敷か、離れ的な位置で静かな環境の部屋だった。

◎冗談が…
 平成十八年十一月十日、天草の浴場で足を滑らせて、左足首と腓骨の二所を骨折して、急遽入院した。骨折した時刻が午後六時を過ぎて夜勤態勢に入って居た。そのために介護員は二人だったので大変だった、しかも当直医が耳鼻科医で骨折の対応が出来ず、既に帰宅していた整形外科医が駆け付けるのを待った。その間に骨折の痛みがじわじわ感じはじめ、足を動かせば激痛が走り、痛みを堪えながら待った。浴場で骨折してから整形外科医が駆け付けて、レントゲンを撮り、ギブスを巻き終わってベッドに横になったのは午後八時を回っていた。
 病棟へ入る事になった時、"何処かご希望が在りますか?"と聞かれたので、新第三病棟(ハンセン病療養所九州ブロック医療センター)を希望し、その二十号室へ入る事になった。
 実は、この病棟が昨年十月中旬に完成し、その落成式に参列した時、立派な病棟の居心地を確かめるために、誰か体験入院する者は居ないかなぁ?と冗談を言った人が居た。近くでその事を聞いていた私が"体験入院させてくれますか?"と反応したが、そんな冗談があって一か月経ったか経たない十一月十日に、実際に体験する事となってしまった。それは大変なショックだった。良い事が実現するのならいいけど、不幸な事になるようなことは冗談にも言うべきではない!と後悔し自ら戒めた。
 骨折したら三ヶ月は退院出来ない、と言われてがっくり!落ち込んだ。しかし、お友達の皆さん方が代わる代わるお見舞に訪問して下さって"骨折は時が経てば治るから…、頭や腰の骨でなくて良かったよ…"とか慰め励まして頂いたお陰で、時間との闘いを耐え抜く事が出来た。

◎「チャングムの誓い」 時間との闘いは十五インチのテレビを買ってはと、アドバイスも頂きましたが、結果的にはノートパソコンを持ち込んで、DVDを楽しむ事にした。DVDは小林司祭が主にキリスト教関係のDVDを何枚も貸して下さった。その他に、発売されて間もない話題の韓国ドラマ「チャングムの誓い」をひと箱(一箱に九話)づつ次々に買い増して、遂に六箱(全巻・全五十四話)が年内に揃ってしまった。実はその「チャングムの誓い」も月に二回教会のご用に来訪される機会に市内で買って来て下さっていた。買って来て下さった時「もう見てしまったのか」と呆れられる始末。そして、クリスマス・プレゼントだと「チャングムの誓い」の主演女優・イ・ヨンエの二千七年版のカレンダーを持って来て呉れましたが、一〇月にオープンして間もない、新病棟にはカレンダーを下げる所も無く、真新しい病室の壁に勝手に釘を打つ事も儘ならず、思案していた。そんな時、原田園長さんが回診して来られたのを機会に、各病室にカレンダーを提げられるようにお願いしたところ、早速立派なカレンダー掛けを作って下さった。其処に早速あの「イ・ヨンエのカレンダー」を提げて悦に入っていた。A3判一杯にイ・ヨンエの顔が実物大でカラー印刷されて、目立っていた。見舞いに訪れた人をはじめ、看護師さん達も「コリャ、凄いなぁ~」と見とれる始末。中には「こんな美人を側に置いて、しかも向き合って…」と、冗談半分に冷やかす人も居た。いずれにせよ病室が"パッ!"と明るくなった感じだった。そして、チャングムの誓いを全巻(五十四話)年内に観終わった。年が改まってから、また最初から繰り返して観た。一月末に退院するまでに、四回繰り返し観て終った。
 因みに、あるお坊さんは四十数回も観たと言うから、それには遥かに及ばない。こんなわたしを遠慮なくお笑い下さい!
 年が改まって間もなく、ギブスの儘トイレまで歩けるようになった、一月十日のことでした(今日は"尿器からの解放!"とメールで書いていた)。また、一月下旬に自治会の志村副会長が訪ねて下さった際に、電動車椅子を勧めて下さり、福祉に申し込んで下さった。それからはベッドからも解放されて、病棟の周囲を散歩出来るようになった。
 二ヶ月半振りに退院してから外出は電動車椅子。天草寮のわが家から、電動車椅子でリハビリに通った。リハビリに通うだけでなく寮に在っては寮の長い廊下(約八十メートル)を十分間に三往復して五分間休み、もう一回十分間三往復する自主トレをしていた。骨折した箇所は四週間に一度の診察、レントゲン撮影で確認されて順調に回復していた。

◎骨折り損 漸く外出も歩行する事が出来るように、試行が始まろうとしていた頃。四月十二日、足首の関節が腫れて、水が溜まっている事が診察で分かり、再度入院して安静する事になった。然も、腫れたり水が溜まった原因を確かめるためにCTを撮った結果、関節が骨折している事が判明したので、再入院一週間後の四月十七日に手術する事なった。
 リハビリで歩行のためのメニューを粉すだけでは不充分だと言われていたので、自主的な歩行(三往復二回、時間的には二十五分間)を毎日夕刻時に行っていたが、結果的には自主トレの遣り過ぎか?何処かで挫いたか?はっきりしないが、二度目の骨折は"骨折り損のくたびれ儲け"と言って笑えない結末となった。これからまた少なくとも三ヶ月は入院! ある人が"二度ある事は三度ある"というから、気をつけなければと、気を引き締めているのが昨今の心境。
 今度の骨折は関節の治り難い箇所だったので、釘を二本打つための手術を受けた。その折りに関節の歪みも形成して頂いた。術後の痛みは余り感じないで治まった。二、三週間はベッドで安静していたが、その後は気分転換にと、電動車椅子で病室から出て病棟の周囲を自由に散策出来ましたので、先の病棟生活の時とは違って時間的にも余り退屈は感じなかった。しかし、昨年暮れの十一月から数えれば九ヶ月もの長い病棟生活になる。
 今年四月十二日に、再度入院する時にも同じ病室が空室だつたのを幸いに其処に入れて貰う事になった。今回はノートパソコンを持ち込みませんでした。電動車椅子である程度自由があった事や、携帯で文章を書くことが出来たことなどから余り窮屈な思いをしなくて済んだ。

◎介護・看護の処置
入院患者としてわたしの思い・感じた事を率直に書きますが、単なる不満や非難でなく、今後の介護・看護の在り方の改善に役立てばとの思いで書いた。そして、此処に書いたことは三病棟に限った事ではなく、介護棟〔不自由者棟〕で看護・介護する場合にも共通する事柄だと思う。
〔点眼処置〕わたしは目を患っているために、点眼薬を三、四種類使用しているが、寮生活の中では、眼科医の指示で一日に六回前後の点眼があり、然も点眼薬は三、四種類もある。その毎日の処置ですが、私の場合は自分で出来る点眼は通常五分前後の間隔で三、四種類の点眼を済ませている。しかし、入院してからは点眼薬はスタッフセンターの預かりで、点眼の処置は看護師が当たる事になっている。それは当然のことだろう。ところで、その点眼の処置ですが、何種類かを僅かな間隔で次々に点眼する看護師さんは少なくない。"何種類もの点眼薬をこんなに次々にしていいのだろうか?"という素朴な疑問を感じた。そこで、薬の専門的知識を持っている薬剤師に確認して貰ったところ、「点眼の間隔は急ぐ時でも一,二分間、理想的には五分以上の間隔が望ましい」と言う事だった。そして、看護師のようにプロの教育を受けた者ならこれ位のことは知っている筈との事でした。この点眼の間隔については医療メモで放送したことがあったか否かは私の記憶にない。

エレベーター3【写真・エレベータバス】
〔入浴介助〕病棟での入浴はその殆どが介助風呂である。骨折した私も当然の事ながら、介助風呂である。病棟の浴場には歩けない人や寝たきりの人のために、エレベーターバス二基とその他に普通の浴槽もあるが、エレベーターバスは人が足を伸ばして横になるだけのスペースしかない、細長い台が上下出来るようなっている。その台を人呼んで"まな板"という、その上に素っ裸になって横になる。まさに"まな板の鯉?"の気持ちである。覚悟はしていても、恥ずかしいものである。恥ずかしいと言えば"年甲斐もない"と一笑されるかも知れない。しかし、恥部を曝すのだから、恥ずかしくない筈がない、と思うが、読者の皆さんは如何?
その時々に介助者(看護師、介護員)が変わりますが、介助する看護師や介護員の中には裸になると、さり気なく恥部にタオルを掛けて呉れる人もいるが、それも決して多くはない。患者の殆どが高齢者だから、恥部を曝すことには拘らない、と思われているのだろうか?また、恥部と言えど体の一部に過ぎないからと、割り切った職業意識から気にしないのだろうか?脱衣場から浴槽までは数メートルの短い移動である。その浴槽と浴槽の間はカーテンを引いて、直ぐ隣の浴槽は見えないように配慮されている。脱衣場ではこれから入る人、上がって来た人、それらの介助に当たる看護師や介護員が行き来して居る。浴槽と浴槽の間にカーテンを張る配慮があるのだから、まな板?に横になって人の恥部にもタオルをさり気なく掛ける配慮があっても良いと思った。


〔附記〕
菊池野編集長から病棟に入っている内に何か書いて…と、原稿依頼を受けていたが書けずに居た。再度入院となり、前回と同様に時間をどうやって過ごそうかと、思っていた。今回はノートパソコンでDVDを見て楽しむ事より、高齢者向けの新型携帯電話に買い替えた機会にその操作を覚えようと、色々弄って居て、こんどの新型は文面が長く書ける事が分かった。書く気になれば一気に四千字は書ける。しかし、一気にそうは書けないが、少しづつ書いて、書いたものや携帯で撮った写真を部屋のデスクトップへメールで送信しておけば後からデスクトップに送り込まれたメールを纏めればと考えて、その様にして書き上げた文章が今回の「新病棟・実体験記」です。纏まりの無い雑文を最後まで読んで頂きありがとうございました。
 この原稿は退院一〇日前に書いた。因みに、七月二十七日(金曜日)午後に退院した。

プロフィルの画像更新

プレート更新に併せてプロフィルの画像も更新した。
愈々明日はこの一年のご用納めですね。年末が押し迫って来ました

リンクの更新いのちの電子メール(無料・心の悩み相談の窓口です)

テストです

携帯からの書き込みテストです。ひつじぃより

メリークリスマス!

・主のご降誕!
遅ればせながらのご挨拶ですみません。
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