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4.シナイ山

 第三日目(二十三日)。二泊したカイロのホテルを出発した。今日と明日は、エジプトの奴隷として苦役を強いられていたイスラエルの民を解放したモーセがその民を率いて紅海を渡りシナイ半島に入り、シナイ山で神から「十戒」を授かり、そこから約束の地に入るまでの約四〇年間に渉り彷徨う道程を辿るコースである。今回のツアーにわたしが参加した主な目的はそこにあった。勿論初めてのコースでもあった。
洋画「十戒」の舞台でもあり、そのクライマックスでもある紅海渡渉の場面。紅海が二つに割れるところをどのように撮影されたのかという好奇心も手伝って、群馬県・草津の療養所から東京までわざわざ出かけていった時のことなどを思い起こしながら、シナイ半島に向かった。モーセに率いられて渡った場所は推定の域を出ない。現在のスエズ運河の比較的南の方であろうと言われているが、それも定かでない。いずれにしてもその辺りのスエズ運河の下をトンネルが通っており、あっけなくシナイ半島に入った。砂漠地帯を暫く走ったところに「モーセの泉」と伝えられているところがあり、バスから降りてその泉の中を覗いたら水は涸れて砂で埋まっていた。そのモーセの泉の周囲にはナツメヤシがまばらに生えていた。この辺りには地下水が通っているのだろうと思った。
 このモーセの泉にまつわる聖書の記述は、出エジプト記第十五章二十二節以下にある「ラマの苦い水」の記述。海を渡って荒れ野を三日進んでから、やっと水を発見したが苦くて呑めなかった。そこで〈民はモーセに向かって、「何を飲んだらよいのか」と不平を言った〉。すると主がモーセにお示しになった「一本の木」を投げ込むと「水は甘くなった」。また、出エジプト記第十七章の「岩からほとばしる水」の記述によれば、民は水のことでモーセと争ったり、主を試した時、ナイル川を打った杖で岩を打ったら水が出た、というメリバの場面を思い浮かべながら、ナツメヤシの茂るレピデムを経てシナイ山麓に在るホテルに着いた。
 シナイ山麓のホテルは山荘風で麓の丘を覆うように点在していて、比較的高いところの一室に泊まる事になった。部屋に荷を下ろしてベランダに出たところ、真っ赤な夕焼けに映えたシナイ山の荘厳な雄姿が真正面に聳えていて感動した。そこで見たシナイ山は洋画の「十戒」のロケに使われて有名になった山、格好いい美しい夕焼け姿の山だった。早速小林司祭にお願いして動画でカメラに収めた。
 翌早朝(午前二時)から、希望者のみでのシナイ登山。このシナイ山はカメラに収めた山とは別のシナイ山だった。聖書の物語でモーセが登って神の声を聞いたシナイ山だと伝えられている山も、また確かではない。このシナイ半島には「シナイ山」と呼ばれている山はほかに幾つも在るそうだ。
 このシナイ登山にはわたしは参加せず、休息を兼ね山荘で一人寝ていた。小林司祭とT姉はわたしが知らないうちに起きて参加した。登山から帰って来た小林司祭は、帰る早々"やぁー疲れた!"と嘆息しながら、若いときに登ったがこんなに疲れたとは思わなかったと呼吸を弾ませていた。T姉も大変だったと登山の感想を語っていた。登山組が皆下山してからホテルで朝食を摂った。
 ところで、この項に入ってから、丁度、モーセに率いられたイスラエルの民が四〇年間もシナイ半島で彷徨ったように、執筆が思うようにはかどらなかった。そのわけは、主に目の調子が悪かったことが大きな原因だった。イスラエルの民がエジプトでの奴隷生活から足を洗って、約束の地へ向かうに先だってシナイ山麓に集結し、神から「十戒」を賜ったという、その偉大な出来事が語るメッセージの意味を、容易に読み取れなかった事も執筆を滞らせていたと思う。
 イスラエルの民への「十戒」授与は、神とイスラエルの民との契約の証であり、神の見守りと約束の地を得る保証(掟)でもあった。その「掟」は単にイスラエル民にとどまらず、すべての民族にも示された「掟」の原点のように思う。そのような「掟」に相当する「法律・憲法」は、どのような民族・国家・運命共同体にも潜在的に存在している。それによって、団体・集団にもその集まりを纏めるための会則なり規約なりがあってその運営を円滑にする事が出来るのだ。
 シナイ山での「十戒」授与はイスラエルの民を結集し「運命共同体」を形成した「偉大な掟」を象徴するシナイ山の魅力に心惹かれながら、アカバ湾沿いを通って、タバの国境越があり、此処でシナイ半島の旅を終えていよいよイスラエル国に入った。そして一路、死海沿岸のホテルに向かった。

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